今シーズンJリーグに加入したオーストラリア代表ジャクソン・アーバインが、オーストラリアのポッドキャストに出演し、日本リーグの状況について語った。

日本リーグへの加入について、アーバインは「新しい経験、新しい文化、新しいサッカーに挑戦する」と語った。

インタビュー当時、アーバインは来日して4週間も経っていなかった。

しかし、彼は新しい環境を心から楽しんでいると述べた。

「正直に言って、本当に楽しんでいます。」

日本への移籍について、アーバインはイングランドからドイツへの移籍と似た感覚だと説明した。

彼は、同じ環境で長くプレーした後、人生とキャリアにおいて「変化が必要な瞬間」が来ると述べた。

アーバインにとって、この日本への移籍がその瞬間だった。

彼と妻は第一子を授かる予定であり、私生活でも大きな変化が起こっている。

「人生やキャリアにおいて、『これだ』と感じる瞬間があり、新しい経験、新しい文化、新しいサッカーに挑戦したいと思うものです。」

彼はサッカーの観点から常に日本に興味を持っていた。

特に選手の育成哲学に興味があり、Jリーグでプレーした選手から否定的な意見を聞いたことがなかった。

「このリーグでプレーした人に聞くと、みんな良いことしか言わない。」

ドイツで自身のサッカーに新しい要素を取り入れたように、日本でも何か新しいものを加えられると考えている。

「ここでも自分のサッカーに新しい『風味』を加えられると思います。」

最大の障害は「言葉」である。

一方、日本で彼が最初に直面した困難の一つは言葉の壁だった。

アーバインは常にリーダーシップを発揮し、チーム内で積極的にコミュニケーションを取ってきた。

「私は常にリーダーであり、発言力のあるタイプで、ロッカールームで人々のつながりの役割を果たしてきました。」

しかし、日本では言葉の壁がある。

専属の通訳がいるとはいえ、選手間の自然なコミュニケーションという観点からすると、これは以前とは大きく異なる。

「異なるコミュニケーションの枠組みの中で働くことは、私にとって大きな変化です。」

それでも、加入から約4週間後、彼とチームメイトの距離は徐々に縮まり始めた。

「数試合プレーした後、少しずつ壁を打ち破っているような気がします。」

彼は言葉の問題を困難と捉えつつも、それを新しい挑戦そのものとして楽しんでいるようだ。

「人生でこれほど汗をかいたことはない。」

日本に来て彼を驚かせたもう一つのことは、夏の環境だった。

アーバインはイングランドやドイツなどの北欧地域で長年プレーしてきた。

そこから、日本の夏の盛りへとやって来た。

「摂氏34度、湿度80%の中でプレーするのは本当に大きな挑戦です。」

この気候が彼のプレースタイルにも影響を与えているという。

アーバインの特徴は、中盤の広いエリアをカバーする高い運動量だ。

しかし、日本の夏では、体の使い方や試合へのアプローチも変えなければならない。

試合は通常午後7時に始まる。

それでも、暑さと湿度はなかなか下がらない。

練習も午前9時に始まるが、

「早くてもあまり助けにならないですね(笑)。」

と彼は言った。

その過酷さを象徴する逸話として、試合中に何度も靴下を履き替えることも明かした。

「ウォーミングアップ後、試合前、ハーフタイムに、おそらく3回くらい靴下を履き替えています。」

そして、足が汗でびっしょりになるため、インソールまで交換するという。

「人生でこれほど汗をかいたことはありません。本当に信じられないほどです。」

しかし、彼によると、走行距離などのデータは欧州時代と比べてそれほど変わっていないという。

環境の違いに苦戦しつつも、自身のパフォーマンスは一定程度把握しているようだ。

香川 真司は「日本サッカーのレジェンド」

セレッソ大阪には、アーバインにとって特別な存在である選手が一人いる。

それは香川 真司だ。

インタビューで香川 真司について尋ねられると、アーバインは即座に答えた。

「彼はレジェンドです。素晴らしい。」

香川 真司はセレッソ大阪から欧州へ渡り、ボルシア・ドルトムントやマンチェスター・ユナイテッドなどのクラブでプレーした。

アーバインを感銘させたのは、彼の経歴ではなく、現在の姿勢だという。

「とても謙虚です。」

日本には年上やキャリアを尊重する文化があり、香川 真司はロッカールームでも当然尊敬される存在だ。

それでも、彼自身は偉ぶることなく、周囲と自然に接している。

「彼はとてもオープンで、自ら積極的にコミュニケーションを取ろうとします。」

加えて、

「彼の体調も今とても良いです。プロの選手として本当に素晴らしい。」

アーバインはその姿勢を高く評価した。

アーバイン自身も以前からマンチェスター・ユナイテッドに愛着があり、

「ファーガソン監督のもとでリーグタイトルを獲得した選手と一緒にいられるのは、本当にクールなことです。」

と笑顔で語った。

日本での「試合前に何度もハイタッチ」

日本のサッカーには、欧州とは大きく異なるルールや文化があるのだろうか?

そう尋ねられると、アーバインはこう答えた。

「正直なところ、特に極端に違うことはありません。」

日々のトレーニングやクラブ運営といった基本的な面は欧州と大差ない。

しかし、細部には日本的な特徴を感じたという。

例えば、試合前。

ロッカールームで輪になり、その後ピッチに出た後も再び輪になる。

そして、選手たちは何度もハイタッチをする。

「試合が始まるまでに15回くらいハイタッチをしたような気がします(笑)。」

また、日本ではお辞儀をする機会が多い。アーバイン自身も、

「ありがとうと言うとき、もう自然に少しお辞儀をしています(笑)。」

と、日本の文化を掴み始めているようだ。

Jリーグはドイツに似ている?

ピッチ上では、Jリーグはこれまでに経験したリーグと比べてどのような違いを感じるのだろうか?

アーバインは現在の印象をこう説明した。

「日本の試合はドイツよりも少しオープンで、時には非常に間延びすることがあります。」

しかし、これは夏の暑さや湿度も影響している可能性があると考えている。

気温が下がれば、選手たちはより広いエリアをカバーできるようになり、試合の流れも変わるかもしれない。

一方、チームの戦術的特徴については、実は日本とドイツに共通点を感じている。

「日本とドイツは、ドイツとイングランドよりも似ているかもしれません。」

多くのJリーグチームは、後ろから組み立てることもできれば、必要に応じてロングパスを使うこともできる。

長身ストライカーもいれば、機動力のある選手もいる。

「ほとんどのチームが両方のアプローチを使えると思います。」

彼がイングランドでプレーしていた頃は、クラブ間のプレースタイルの区別がより明確だった。

あるチームは厳密にパスサッカーを貫き、別のチームはセットプレーやロングパスに重点を置いていた。

この意味で、多様な選択肢を持つ日本のサッカーはドイツに近いと感じている。

ザンクト・パウリで経験した「特別な場所」

インタビューでは、日本に来る前のザンクト・パウリでの日々についても詳しく語った。

アーバインにとって、ドイツでの日々は、

「本当に魔法のような経験でした。」

と語った。

それは単にサッカーをプレーする場所ではなかった。

クラブ、地域、音楽、文化、友情、妻との生活。

すべてが一体となっていた。

「高レベルのサッカーをプレーできると同時に、私の人生、個性、コミュニティのあらゆる部分を自由に表現できる場所でした。」

海外にいながら「ホーム」と呼べる場所を見つけられたのは、サッカーでは珍しい経験だったと彼は振り返った。

約15年間停滞していたクラブをブンデスリーガに昇格させる

アーバインが加入する前、ザンクト・パウリは約15年間、2.ブンデスリーガの中位をさまよっていた。

彼の初年度も昇格争いをしていた。2年目もあと一歩のところまで迫った。

しかし、シャルケやヴェルダー・ブレーメンのような潤沢な予算を持つクラブとの競争では、常に最後の差を埋めるのが難しかった。

ここで決定的だったのが、ファビアン・ヒュルツェラー監督の存在だった。

「最後のピースはファビアン・ヒュルツェラーでした。」

彼は戦術だけを変えたわけではない。

選手たちのメンタルも変えた。

それまでサッカー界では「一戦一戦」という言葉が一般的だったが、彼は最初から明確な目標を掲げた。

ヒュルツェラー監督は選手たちに「何を目指しているのか?」と問いかけ、選手たちはこう答えた。

「私たちは優勝したい。昇格だけでなく、リーグで優勝したい。」

すると監督は言った。

「それを目指すなら、毎日その基準を満たさなければならない。彼は容赦なく、非常に徹底的でした。毎日私たちを追い込んだ。」

とアーバインは振り返った。

その結果、ザンクト・パウリは2.ブンデスリーガで優勝し、ブンデスリーガへの昇格を果たした。

「同年代の監督」とキャプテン

ヒュルツェラー監督とアーバインはほぼ同世代である。

監督の方が彼より1週間ほど年上だという。

元々、ヒュルツェラーはチームのセカンドアシスタントコーチだった。

そのため、選手たちとも距離が近かった。

しかし、ヘッドコーチになってからも、その関係性を大きく崩すことなく、リーダーとしての地位を確立した。

「彼は選手たちと良好な関係を保ちつつ、規律を求めるリーダーとしてのバランスを見つけました。」

当時キャプテンだったアーバインとは、週に一度プライベートで話をし、ロッカールームの雰囲気や選手の状況について情報交換をしていたという。

アーバインが最も感銘を受けたのは、監督の「議論を恐れない姿勢」だった。

「たとえ意見が異なっても、彼は議論を嫌がりませんでした。」

選手が疑問や異論を唱えても、彼は耳を傾けた。

その上で、時にはこう言ったという。

「分かった。でも私は違うと思う。」

監督はすべてを押し付けるのではなく、共通の目標のために意見を交換した。

この姿勢も、チームが強くなった一因だったようだ。

W杯で突然のベンチスタート

オーストラリア代表についても興味深い話をしてくれた。

彼は代表で80試合以上出場し、長年中心選手として、そしてキャプテンとして活躍してきた。

しかし、W杯初戦でアーバインは先発ではなかった。

彼自身はこう明かした。

「正直、驚きました。」

大会前の親善試合にも出場し、これまで多くの試合でプレーしてきた。

それでも、サッカーに確約されたポジションはない。

この時、選手には2つの選択肢がある。

「不満をぶちまけるか、あるいは我々がここにいる目的を考えるか。」

オーストラリア代表の強みは、チームとしての結束力だ。

だからこそ、先発でなくても、ピッチに立つ選手たちを支えることを選んだ。

「選手たちは私のサポートや経験を必要としていました。チームにとって最善なのは、私が内側からポジティブなエネルギーを提供することでした。」

そして、アーバイン自身も、いずれ自分のチャンスが来ると感じていた。

「その時に準備ができていないことが最悪の行為でした。」

その後、先発出場機会を得た試合では、彼自身も納得のいくパフォーマンスを発揮した。

「33歳になっても、毎日場所を争っている。」

現在33歳のアーバインは、今もこう語る。

「私は毎日戦っています。」

しかし、「戦う」というよりも、この競争を楽しんでいるようだ。

「ゲームは誰にとっても止まることはありません。」

経験豊富な選手であっても、ポジションは保障されない。

トレーニングでも試合でも、自身のレベルを継続的に向上させなければならない。

「常に自分がそこにいるべき人間であることを証明しなければなりません。」

ドイツではキャプテンとしてブンデスリーガ昇格を経験し、代表では長年中心選手としてプレーした。

それでも、言葉、気候、プレースタイルの違いに直面しながら、日本の新しい環境に飛び込んだ。

アーバインにとって、日本への移籍はキャリアの終盤における安全な選択ではなかった。

むしろ、

「自分のサッカーにまだ新しいものを加えたい。」

という彼の挑戦の一つだろう。

この新しい環境、Jリーグ、そしてセレッソ大阪で香川 真司のような新しいチームメイトとプレーしながら、彼は何を吸収していくのだろうか。

33歳になっても常に変化を求めるアーバインの日本での挑戦は、今後も注目に値するだろう。

AI翻訳。

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